惣也様に戴いた相互リンク記念SSです!
スプーンの上の幸せ
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「兄さん、今夜のディナーは何にしようか?」
先日から足を踏み入れている映画の撮影スタジオでは勿論の事、二人の過ごす部屋の中でも、一向に食事に頓着する気配の無い兄、カインの様子に痺れを切らせ、妹の雪花は兄に何を食べたいかと問うた。
「セツの好きな物がいい。」
「もーっ、またソレ?…別にアタシはそれでもいいけど、たまには兄さんの好きな物、何かないの?」
(もう…敦賀さんてば、何が『食事くらいきちんと取ってみせます』よ!油断ならないんだから!)
頬を膨らませて、全ての事が億劫で仕方ないと言っているような兄の様子に抗議をするのも、このホテルの部屋で兄妹が一緒に過ごし初めてから何度も見られる光景であるのだが、いかんせんこのやり取りは他に目撃する者はいない。
『残念ながら一向に改善される気配の無い兄』と、『その兄に自発的に食事をさせる意識を持たせようと奮闘する妹』
この二人に突っ込める人間はこの空間には誰も存在せず、兄妹は今日もまた半ば習慣となりつつある同じような問答を繰り返すのだ。
「俺が好きな物は、仕事とセツ、だから俺はセツの好きな物を食べる。ノープロブレム…だろう?」
「そりゃ、アタシだって好きなものって言うなら兄さんだけだから、ノープロブレムって言ってあげたいけどね、だからってアタシがいない時に一人じゃご飯が食べられません、なんて事じゃ困るじゃない!だから…」
至って真面目に兄へと説教すれば、兄は決まって妹に言い返す。
「セツが俺の側からいなくなる日なんて…無いだろ?だから心配無い。」
「……確かに兄さんの側を離れるつもりなんて無い…けど…でも…。」
こうしてこの日も二人の会話は平行線を辿る……。
「はぁ……まあいいわ、このホテルの中にはレストラン無いんだから、外に食べに行こう?ルームサービスは美味しくないし、飽きちゃった。」
「そうか?…なら行こう。」
パタンと音を立てて扉がしまり、二人は夕暮れ時の街の雑踏の中に入る。
ビジネス街のソコは、周辺のサラリーマンの帰宅時間と重なった為に、道行く人間の数は兄妹が出歩く常の時間帯よりも多い。
そしてそんな人混みだろうとその異質な出で立ち故に目立つ黒い二人組み…
けれど兄妹は周囲の視線など全く意に介さず、自分達の道を歩く。
「ほら…セツ、こっち。」
いつかの時よりも多い人並みに、はぐれないようにと兄は妹の手を手袋越しに繋ぐ。
「今日は何食べようかな。」
辺りの店をキョロキョロと見回す雪花に、誰もぶつからないよう守る兄の姿は、騎士と言うよりも近寄れば噛まれそうな真っ黒で獰猛な番犬のような凶悪な雰囲気があり、兄の作り出す空気により道行く人々は本能的にそこを避けるように流れ、まるでそこだけぽっかりとクレーターのような空間が出来上がった。
「あ…アソコにしよ?」
繋いだ手をぐいぐいと引き、入るその店は兄妹の泊まるホテルから少しだけ外れた裏道にあり、品の良さげなフレンチの看板を掲げている。
カランカランとドアベルが鳴り、兄妹が足を踏み入れれば、その落ち着いた店の雰囲気にあまりにもそぐわない二人組みの来店に、店の店員達に緊張が走ったのが見て取れた。
「…申し訳ございませんがお客様…当店はドレスコードをお願いしておりまして…」
すかさず入店を拒否しようとするスタッフを兄がチラリと一瞥すれば、その雰囲気に飲まれた哀れなスタッフは声を失ってしまい、その様子に慌てて近寄って来た支配人が冷や汗を浮かべながら述べた。
「お客様……奥の個室で御座いましたら特別にご案内させて頂きます。」
……………………………………
「んーとね、コレとコレ、メインは魚料理で…あとは…アタシは未成年だから飲めないけど…兄さんどうする?」
「…………。」
妹の問いに兄は無言でメニューの一点を指差した。
「兄さん?甘い物が食べたいの?」
メニューの中で一番高価なデザートをトントンと手袋を外した手で指差している兄に妹は首をかしげる。
『彼』は甘い物が好きだったのだろうか…と。
「俺の…じゃない、セツの分。俺は珈琲でいい。」
なんでも無い事のように発言する兄に妹はパチクリと目を見開き、少々虚を突かれた顔つきになった。
「……っ………じゃ、じゃあ…お酒はソムリエにお任せで。」
かしこまりましたと下がるボーイが個室から退室したのちに、妹は兄を睨む…のだが、頬に若干赤みの差した顔で睨みつけた所で、兄にとってはその表情も愛らしいだけで効果は無く、自分の行動がさして反省すべき物だったとも思わない。
「お酒は?って聞いたのに指差すのがデザートってどういう事よ、兄さん。」
「俺の食べたい物はセツが注文してくれるたから、俺はセツの為のデザートを注文しただけ。」
兄が注文したのは雪花の為のデザートで、自分の物はコーヒー以外は全て雪花任せ。
「もーっ。別に………いいけど……。」
兄の言葉に妹の頬はほんのり赤らんだままで、その言葉とは裏腹に小さな笑みが浮かぶ。。
(私の為の……か……)
……………………………………
どちらかと言えば体型に見合った普通の食欲を持ち合わせる妹と、体型に見合わない量しか食べない兄。
そんな兄妹の前に運ばれたのは、兄には引き立ての豆の香りが芳しい真っ黒なコーヒー、妹の前にはこの店のパティシエによる最高傑作に違いない七色に煌めく果物が宝石のように散りばめられた美しいドルチェ。
「ん〜っ。美味しい〜っ。」
満足げにデザートを頬張りつつ、対面で静かにコーヒーを口にする兄を視界の端に捉える妹は、ピンと閃いた事にニンマリと笑顔を浮かべる。
「セツ?」
妹の様子に目ざとく気づいた兄は何事かと問いかける。
(こういう顔の時は何か思いついてるな…)
少しばかり身構える兄に笑顔の妹は口を開く。
「ね、兄さん」
「ん?」
「はい…あーん。」
テーブルにある銀色に輝くデザートスプーンは一つだけ。テーブルの上に乗り出すような妹の姿のソレを受け入れるかどうか若干の躊躇をしながらも、兄は口を開きそれを招き入れる。
「………甘い…。」
「ね?美味しいでしょ?」
妹の差し出していたスプーンは皿に戻り、デザートは掬われ、眼前の妹の咥内へと運ばれていく。
「………ああ…旨かったよ…」
(まいったな………目が離せない。)
兄として…というより、素の己の視点が勝ってしまっている事に気づいたが、チェーンの揺れる唇から視線が離せなかった。そして言葉を少なくする事で誤魔化す事しか出来ない己に苦笑する。
そして、そんな『彼』の思いも知らずに、目の前の少女は次なる爆弾を掬い上げた。
「ふふふ、じゃあもう一口あげる。……はい、あーん。」
彼の口腔に届いたドルチェは、今まで食した何よりも甘く、魅惑的な味わいであった。
・END・
惣也様ありがとうございました!